shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』と柴田亜美さんの『南国少年パプワくん』のレビューもあります。

「太公望と姫昌」 『封神演義』第28回

太公望と姫昌」

封神演義』第28回

 

「だがわしに言わせれば凡人だな」。

太公望が初対面の周公旦に向かって放った強烈すぎる一言。下手すれば侮辱罪で捕まりそうなものだが、ここで太公望は周公旦の器を計った。太公望の発言に対して怒りにまかせて権力を振りかざすか、それとも耳を貸すのか。結果、周公旦は「一言も反論出来ない」と言う事を理解し、太公望の存在を姫昌に教える。尚、周公旦はここで太公望を捕らえているが、それは自分に対する侮辱ではなく、あくまで器物損壊の罪で逮捕している。

ここでの太公望の周公旦への糾弾の中身だが、前回で周公旦の人となりを知ったからか、太公望は情に訴えるのではなくあくまで理屈で罪を告発している。この辺りはさすがの人物観察と言える。

 

この後の周公旦だが意外と太公望との絡みが多い。ひょっとしてだが、姫昌や姫発より太公望と会話している場面が多いのではないだろうか。

周公旦は太公望と出会った時はまだ10代と言う設定なので、19歳と仮定するなら12歳の時に父・姫昌が朝歌に幽閉されたとなる。西岐の王族である周公旦がどのような育てられ方をされてきたのかは分からないが、10代後半を父の教えを受けられずに過ごし、その中で西岐の政治を担う事となったのは確かである。解放された後も姫昌はトラウマで万全の状態ではなかったので、おそらくは太公望が姫昌に代わって父として先輩として周公旦に様々な事を教える立場になったのだろう。(意外と周公旦は太公望に「尋ねる」事が多い) そういう意味では彼もまた「太公望の弟子」とも言える。

 

太公望に自分の罪を知れと言われた姫昌と周公旦は王への忠義を取るか民の為に戦争をするかで迷う。これまでのように紂王に諫言するのならまだしも倒すとなればこれは反逆罪となる。つまり、紂王を倒すのも紂王の非道を見過ごすのもどちらも罪となるのだ。二つの罪のうちのどちらを選ぶのか、姫昌は決断を迫られる事となる。

とは言え、姫昌の中では既に答えは出ていたと思う。

まずはこの時点では太公望は紂王を倒せとはまだ言っていないのに、姫昌は紂王を倒すべきかと発言している。次に四大諸侯を傷付けた者は死刑と殷の法律で決まっているのに姫昌は武吉を無罪放免とした。つまり、姫昌は殷が定めた法律を破ったのだ。

この後、姫昌は太公望に会いに行ってこれから何をすべきか尋ねているが、正確には自分の心の中にあるものを太公望の口を通して明確にしてもらったと言える。

 

「これも私の天命なのかもしれない」。

これは姫昌が占いをしているから出てきた言葉なのだが、今思えば、天命=女媧の思惑と言う深読みも出来る。この時点では姫昌も太公望も女媧の存在を知らないが…。

 

これまでの『封神演義』は太公望が妖怪仙人達と戦うパートと妲己や姫昌と言った政治を司る者達のパートとに分かれていたが、ここで太公望と姫昌が会った事で二つのパートが一つにまとまる事となり、次回よりいよいよ本格的に物語が動き出す事となる。