shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』と柴田亜美さんの『南国少年パプワくん』のレビューもあります。

「武成王造反② -紂王の力-」 『封神演義』第30回

「武成王造反② -紂王の力-」

封神演義』第30回

 

今回の紂王と黄飛虎の戦いは色々と深い意味がある。

まずは武成王である黄飛虎が稽古の形とは言え主君である紂王に戦いを挑んだと言う事。この武成王の造反は殷の終焉を示す事となり、紂王との戦いで黄飛虎は「沈みかけた夕陽」を背景に現れている。

余談だが、後に黄飛虎の息子である天化が同じシチュエーションで紂王と戦う事になるが、この戦いは夜中から始まり、天化が紂王に勝つと共に「夜明け」が訪れている。

 

紂王は聞仲仕込みの武術と改造によって引き出され始めた殷王家の力で黄飛虎に勝利する。

湯王の力は殷を作る事になり、聞仲の力は殷を維持する事になっていた。その二つの力を持つ紂王はまさに「殷そのもの」と言える。しかし、この二つはどちらも「昔からの力」であり「未来に通じる力」ではなかった。

 

黄飛虎との戦いで紂王は賈氏と黄氏の死を「事故」と釈明したが、いやいや、事故じゃないだろうと言いたくなる。妲己が状況を用意したのは事実だけど、最終的に二人を死に至らしめたのは紂王自身の責任である。

このように紂王は政治や武術に関しては優れた能力を誇っているが人格面(特に女性関係)となると色々と問題点を表している。

たとえば姫伯邑考が朝歌に来た際は露骨に嫉妬心を見せたが、この時の妲己は紂王の言葉に「え…?」と少し驚いたように答えていたので、これは妲己が操ったのではなくて紂王自身の気持ちが表れたと見る事が出来る。その他にも西岐に美女300人がいると言った太公望の嘘に簡単に引っかかっているが、これが太公望じゃなくて紂王の暗殺を企む人物だったら大変な事になっていた。

そして究極なのが最期の時に「誘惑の術が切れた今でも予は妲己を…」と思った事。術が切れても妲己を愛していたと言う感動の場面にも見えるが、この前に紂王は崩壊した朝歌で自分と妲己の悪政によって父を失った少女と出会っている。その少女が見る中で紂王は「民を苦しめてきた妲己への愛を思う」のだ。これは王として最後の最後で民を裏切ったとも言える。

周易姓革命は女媧と妲己によって引き起こされたものだが、殷と紂王自身にも問題はあるとする事で周と武王の正当性が示されたと見る事が出来る。(そうしないと少年漫画として主人公サイドの正義が揺らぐと言う問題が起きてしまう)