shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』のレビューもあります。

「二つの道」 『封神演義』第45回

「二つの道」

封神演義』第45回

 

最初に言うのも何だけど実はこの回にはミスがある。

太公望の一族が人狩りに遭ったのが60年前となっているが実は第1回の時も「60年前に人狩りに遭った」と言う説明がある。第1回から今回まで7年が経過しているので、今回の話で太公望の一族が人狩りに遭ったのは「67年前」となる。細かい部分と言えば細かい部分なのだが気になったので。

 

一族が人狩りに遭った太公望妲己(王氏)への復讐を考えるが、羌族の老人に「やるだけ無駄」「世の中全てを変えないといつまでも同じ事が起きる」と告げられる。しかし、12歳の少年がここで復讐を捨てるのは簡単ではなく、後に元始天尊がスカウトに来た時に「仙人になれば悪い奴(妲己)を倒す事が出来るのか?」と尋ねている。もっとも、ここでは元始天尊が「妲己は仙人」と明かしてから「太公望も仙人になれる」と話を持ちかけているので、太公望が「仙人になって妲己を倒す」と考えるのも無理は無い。後に王天君は「元始天尊太公望妲己に対する憎しみを利用した」と言っているので、元始天尊太公望の中に妲己への憎しみが残るように誘導したのかもしれない。

妲己への憎しみは残った太公望であったが羌族の老人の言葉も深く心に残っていて、妲己一人を倒しても問題は解決しないとして、仙道のいない安全な人間界を作ろうと心に誓う。元始天尊が説明する封神計画が「妲己を倒す」から「人間界の新たな国作り」へと移行したのを太公望が受け入れる事が出来たのは封神計画を通して人間界を仙道のいない安全な世界に作り替えようと考えたからと思われる。

 

殷の敵には容赦の無い聞仲だが四聖が西岐の民を攻撃した償いとして太公望達の命を一度は見逃す事に。

でも、「西岐に与えるには惜しい男だ」「選んだ道は正反対だが、どちらも困難な道だな」と言う言葉を聞くに、償いとは別に太公望をこのまま殺したくないと思ったのもあるだろう。人間に危害や迷惑を振りまく仙道や妖怪が多い中、所属する国は違えど、人間界の事を考えて行動する太公望を聞仲は自分に近い存在と感じたのだろう。もし太公望の目的が殷の打倒でなければ聞仲は太公望を仲間にしようとしていたと思う。

 

四聖との戦いでは太公望達はいまいちバラバラな感じだったのだが、太公望が風の壁で皆を守って聞仲を一時退却させた事から皆は太公望の事を改めて一目置くようになる。