shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』と柴田亜美さんの『南国少年パプワくん』のレビューもあります。

「太子の選択・その5」 『封神演義』第81回

「太子の選択・その5」

封神演義』第81回

 

皆に「弱い」と思われていた太公望だったが新宝貝の杏黄旗で崑崙山から力を受けてパワーアップした。

思えば太公望は元は伏羲と言う最初の人でこの地球においても1,2を争う戦闘力を持つ存在であった。しかし、伏羲は本来の肉体を捨てて地球人の肉体に移り、さらに自分の魂魄を二つに分け、さらに道士としては才能が無い呂望の肉体に移ると段々と弱くなっていった。

理由の一つとして、女媧に見付からない為にわざと弱い肉体に入ったと考えられるが、もう一つの理由として、皆が自分を頼りにしないようにしたと言うのもあったと思われる。伏羲が強くて他の仙道の手助けがいらなければ伏羲一人で女媧を倒せば済む話になる。それと同じで太公望が最初から三大仙人や金鰲の3強並みに強かったら最初の戦いで太公望妲己を倒して終わりになっていただろう。

最初から伏羲や太公望が強ければ犠牲が出る前に敵を倒して終わっていたのかもしれないが、たった一人の強い存在が君臨する事の問題は女媧や妲己や聞仲で証明されている。女媧や妲己は他に対抗出来る者がいないので好き勝手に行動し、聞仲も彼一人が優秀な為に他の人材が育たず聞仲の不在がそのまま殷のシステムの崩壊へと繋がってしまった。

おそらくだが伏羲はあえて自分を弱くして不完全になる事で自分以外の人の手を借りなければいけない状況を作り、それによって伏羲以外の者達が成長する事となった。太公望も同じで太公望自身は強くないからこそ楊戩達はそれぞれ強くなり太公望が不在でも代わりを務められるようになっていった。(そして最終回では伏羲=太公望が不在でも人間界も仙人界も大丈夫となった)

伏羲自身の人格は途中で封印されたので太公望は自分が伏羲である事をこの時点では知らないのだが、後の趙公明戦で自分の能力が消えたと言って他の者のレベルアップを促そうとしたのを見ると、伏羲の人格と記憶は封印されていてもその根本的な部分は太公望にも受け継がれていたのかなと思う。

 

殷郊の攻撃によって太公望の左腕が切断されてしまう。

かつて姫昌が死んで姫発が周の王になると決まった時に「太公望は左手を差し出して握手する」んだけど、今回の殷郊は殷を守る為に「太公望の左腕を切断する」のであった。