shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』と柴田亜美さんの『南国少年パプワくん』のレビューもあります。

「趙公明攻略ⅩⅢ -戦慄のセクシータレント 雲霄三姉妹の恐怖!!!-」 『封神演義』第97回

趙公明攻略ⅩⅢ -戦慄のセクシータレント雲霄三姉妹の恐怖!!!-」

封神演義』第97回

 

ワープ宝貝・飛来椅で元始天尊が人間界にやって来る。

ワープ宝貝なんて便利な物があるのならもっと活用すれば良いのにと思ったが、この時点の楊戩でも扱いきれないレベルらしいので多用は不可能だったのだろう。

 

楊戩は太公望が吐いた「宝貝の使いすぎで能力を失って人間状態に戻った」と言う嘘を信じていた。楊戩なら太公望の嘘を見破れそうなのだが、その楊戩自身が次の仙界大戦でエネルギーを消耗した事で人間形態を維持できなくなるので、人間出身の仙人もそれと同じような状況に陥ると考えたのかもしれない。

 

元始天尊は「太公望は何を思ってか自分を弱いと言う事にしている」「自分ですら太公望の真の実力は分からない」として、趙公明との戦いで太公望の真の実力を見ようとしたと語る。もっともらしい説明だが後の話を見ると元始天尊太公望の正体が王奕=伏羲である事を知っているので、これは嘘となる。少なくとも太公望の真の実力については知っていたはずだ。

そう考えるとここでの元始天尊の真の目的は他にあるとなる。考えられるとするなら、太公望趙公明の弟子との戦いを使って仲間達をレベルアップさせたように、元始天尊趙公明との戦いを使って太公望をレベルアップさせようとしたであろうか?

 

結局のところ、太公望は強いのか弱いのか。

正体である王奕=伏羲となれば地球上でも屈指の実力者になるのだが、太公望自身の強さはどうなのか? 楊戩は「強い」と言っているが、後の牧野の戦いで四不象は「ごくごくありきたりの道士」と言っている。

おそらくだが四不象の発言の方が正確だと思われる。実際の太公望妲己や聞仲と戦えるほどの能力は持っていない。しかし、軍師である太公望の実力の底が知られると、味方の士気に関わるし、敵に付け入る隙を与える事になる。そこで太公望は自分の真の実力を謎にし、敵味方共に「太公望は底が知れない」と見られるように仕向けたと考えられる。(それを趙公明は妹達を使って見破り、「自分に小細工は通用しない」「力対力しかない」と忠告する)

 

太公望趙公明の食事シーンが色々と興味深い。

趙公明はフレンチを出すが、太公望はフレンチのマナーを無視して食べる。

深読みすればこれは「趙公明太公望を自分のステージに招こうとしたが太公望はそれを拒否した」と見る事が出来る。

 

太公望にとって「戦い」は「仙道のいない人間界を作る為」の「手段」である。聞仲も同じく「殷を守る為」の「手段」として「戦い」を選択している。しかし、趙公明は「戦う事自体が目的」である。太公望や聞仲が「人間界の為に戦う」のに対し、趙公明は「戦う為に人質を取ったりする」のだ。両者のスタンスは完全に正反対と言える。

趙公明が人間に興味を抱かないのは人間は宝貝を使って戦う事が出来ないから。今まで妲己の策を実行に移したり殷の税金を下げる事を提案したりしていたが、それらは崑崙との決戦に備えて聞仲と妲己の仲を修復しておこうと思ったから。つまり「大戦争に備えて味方キャラを揃えておこう」と考えていたのだ。結局、聞仲と妲己の和解は達成できず、趙公明は一人で戦う事を選ぶのだが…。

 

ここで興味深いのは太公望趙公明の話を「自分とは意見が合わない」としながらも「面白い奴」と評した事。自分とは違う意見の持ち主としながらもその意見そのものは否定しなかったのだ。これは太公望の中にも「目的があって戦うなんて馬鹿馬鹿しい」「戦う事こそが目的」と言う部分があったからと見る事が出来る。

この「目的があって戦う」のではなく「戦う事自体が目的」と言うのは『ドラゴンボール』の孫悟空と同じで意外と少年漫画では多かったりする。太公望にもそう言う少年漫画らしい「戦う事を楽しむ」部分があるのだとするなら仙界大戦の聞仲戦や女媧との最終決戦で太公望が思わず見せた「笑み」の正体もここにあるのかもしれない。

 

雲霄三姉妹登場!!!

これ、原作を知っている人ほど衝撃凄かっただろうな…。