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shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』のレビューもあります。

「中BOSS BATTLE③ -BAD END-」 『封神演義』第101回

「中BOSS BATTLE③ -BAD END-」

封神演義』第101回

 

前回に続いてバトル中心のお話。

仙人界第2位の攻撃を誇るスーパー宝貝・金蛟剪の攻撃を防ぐ太公望。今思えば、この時点の太公望と打神鞭でスーパー宝貝の攻撃を防ぐ事が出来たと言うのは凄い。

あまり戦っていないイメージのある太公望だが、実はスーパー宝貝と戦っている事が多く、この時点で既に金蛟剪の他に雷公鞭と禁鞭とも戦っている。(因みにこの後に傾世元禳とも戦っている)

 

趙公明の出す虹龍だが、正直言うと見辛い。生体エネルギーの塊なのでこの表現でも間違っていないとは思うが、もう少しハッキリと龍の実体を描いてくれた方が力強さが出たと思う。

 

背後に守らないといけない存在がいる中で太公望がスーパー宝貝の攻撃を打神鞭で防ぐと言う構図が第1回の対申公豹戦と同じになっている。あの時の申公豹はまだ「手加減」をしていたので太公望も背後の羌族も助かったが、今回の趙公明はフルパワーで押し潰しに来て太公望も四不象も倒されてしまった。

 

主人公である太公望の敗北にも驚いたが、それ以上に驚いたのは『封神演義』の完結と『アンニュイ学園』の新連載であろう。正直言って、リアクションに困った。

主人公の敗北と言う衝撃の展開なのに、どうしてここでこんなギャグを入れてしまったのか? 太公望は後に胡喜媚にも倒されて封神されるのだが、その時の展開もギャグっぽくて呆気にとられるものであった。

藤崎竜さんは「死」の場面を正面から描けない人なのかなとも思ってしまうが、太公望以外の人物の死はきちんと描いていて、どちらかと言うと「太公望の死だけギャグっぽい処理が入る」と言える。

では、太公望と他の人物の死はどう違うのか考えてみた。他の人物は封神されたり死んだりしたりすると最後の封神台解放等を除けば基本的に再登場は無い。死んだ人間がホイホイ生き返る事は無いのだ。しかし、太公望は違う。今回は死んだと思ったが実は生きていただし、胡喜媚戦も封神された直後に王天君と合体して復活している。つまり、ホイホイ生き返っているのだ。

おそらくだが、藤崎さんは「死」の展開で読者を悲しませたすぐ後に「復活・再登場」させるのに抵抗があったのではないだろうか? あっさりと「復活・再登場」するのなら「死」に対するあの悲しさは何だったのか?と疑問を抱いているのかもしれない。太公望は主人公であるので必ず「復活・再登場」はしなくてはいけないので、その前にある「死」の部分にギャグを仕込む事によって、「復活・再登場が前提となっている死」による悲しみを弱めようとしたのではないだろうか?