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shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』のレビューもあります。

「歴史の道標九 -気高き宝貝-」 『封神演義』第180回

「歴史の道標九 -気高き宝貝-」

封神演義』第180回

 

張奎と聞仲の話の決着点。

「まだ僕が聞仲様の影を追っている事を…」の場面はこれまでの張奎と聞仲の関係を1コマで示した名場面。

 

聞仲に「自分の為に戦え」と言われた張奎は服装を変えてスーパー宝貝・禁鞭を使う事を決めるが、せっかく服装を変えてイメチェンをしても聞仲の遺品を使うと言う事は「聞仲の影を追っている」事である。それを禁鞭は嫌がり、張奎も「確かに今はそうかもしれない」と認める。しかし、今の自分の素直な気持ちを認めた事で張奎は逆に吹っ切る事が出来、そんな張奎に対して禁鞭も力となる事を決める。

自分の現在の状況を正しく認識出来たからこそ張奎は未来を見据える事が出来るようになった。「確かに今はそうかもしれない」「いつかは必ず追い抜く! 誰のためでもない…。自分のために……!!」。

そして禁鞭を使えるようになり聞仲と並んだ事で張奎はようやく聞仲の先を見る事が出来た。「さようなら、聞仲さま…」。今まで聞仲の影を追っていた張奎は遂に聞仲の一歩先に足を踏み出す事が出来たのだった。

 

張奎が苦戦するのを見た楊戦は援護しようとするが、それを高蘭英が止める。

張奎と高蘭英が直接会話する場面は意外と少ないのだが、高蘭英が張奎の事を信じている事は伝わってくる。張奎がいつか聞仲を完全に越える事が出来るかどうかは本編では描かれていない(戦闘力だけは後に聞仲以上となるがここは人格とかも含めての話)が、高蘭英の支えがあればいつか達成出来るだろうと思わせるものがある。ここは朱氏や黄飛虎と言った大切な存在を失い、妲己や十天君と言った殷や金鰲島の内部にも敵がると常に孤立しているイメージがあった聞仲とは対照的となっている。物語中盤から聞仲には未来が見えなくなっていたが、張奎と高蘭英には明るい未来が見える。

 

燃燈道人の話を聞くと、禁鞭には意思らしきものがあるようだ。宝貝には意思が宿るようになっているのだろうか? それとも最初から存在するスーパー宝貝だけには意思が宿っていたのだろうか?

ところで、もし宝貝に意思があるとするなら、仙界大戦の時に通天教主の六魂幡が楊戩を守ったのは実は通天教主の意思ではなくて六魂幡自身の意思だったのかもしれない。既に正気を失った使用者の誇りと息子を守る為に…。