shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』と柴田亜美さんの『南国少年パプワくん』のレビューもあります。

「鏡2」 『封神演義』第187回

「鏡2」

封神演義』第187回

 

太公望と王天君の関係を尋ねる申公豹だったが太上老君が寝るわ面倒くさがるわで遂に雷公鞭で怒りの一撃を加える。基本的にポーカーフェイスで感情を表に出さない申公豹だが太上老君に関しては素直に感情を出している事が多い。

考えられる理由としては、まずは申公豹と太上老君の付き合いが長いからであろう。太上老君にツッコミを入れる申公豹の姿は「グータラ親父にツッコミを入れる子供」のようにも見える。

もう一つ考えられる理由としては、以前に申公豹は太子としての責任を果たそうとしなかった殷郊と殷洪に対して怒りを見せた事があったが、それと同じで、女媧に関する情報を持ち、さらに戦えるだけの能力を持っていながら動こうとしない太上老君に対しても責任を果たせとハッパをかけているのかもしれない。

 

王奕の魂魄が分裂する事を知った元始天尊は早速二つに割ると、その一つを楊戩とのトレードに出し、もう一つを羌族の頭領の息子・呂望に入れて後に太公望としてスカウトする。これによって元始天尊は王奕と楊戩の両方を手に入れる事に成功した。

さて、金鰲島に差し出した王奕(王天君)とは別に太公望と言う存在を作っていたと言う事は元始天尊は金鰲島に差し出した王奕(王天君)が自分の手に帰ってこない恐れがあると考えていた事になる。金鰲島に差し出した王奕(王天君)が帰ってくると言う確信があれば、スペアとして太公望を用意する必要が無いからだ。通天教主は妲己は最初に金鰲島を狙うと考えていたが、おそらく元始天尊も同じ考えで、楊戩と同等の評価を受ける王奕(王天君)が楊戩の代わりに妲己の手に落ちる可能性を考えていたのだろう。だからこそ、元始天尊太公望と言うスペアを用意し、スペアを用意された王天君は自分は元始天尊に切り捨てられたのだと発言したのだろう。

 

太公望は司令官と言う形で封神計画を進め、その裏では王天君が敵と言う形をとって封神計画を進めていたと言う話なのだが、ここで問題になるのが、王天君はどこに属しているのかである。妲己チームに属しているようで実は元始天尊の封神計画を進めていたのだが、本当に妲己チームに属して元始天尊の封神計画を邪魔しに来る可能性もあった。と、なれば、元始天尊は王天君の代わりに裏で封神計画を進める人物が必要になる。その人物は誰かとなったら、自分は普賢真人だったのではないかと考える。

普賢真人は今から550年前に行方不明になった燃燈道人の代わりに十二仙に入ったとなっているが、実は今から200年前には王奕がいた。王奕は今の太公望と同じ立場になる予定で元始天尊に育てられていたとなっているので、おそらくは王奕こそが燃燈道人の代わりになる予定だったのではないだろうか。そうなると、燃燈道人と普賢真人の間に王奕が入る事になり、普賢真人は燃燈道人の代わりと言うより王奕の代わりに十二仙に入ったと考える事が出来る。

ここで仙界大戦時の普賢真人の言動を振り返ってみると、状況を冷静に分析して判断し、太公望が選択を誤りそうになるとそれを修正し、最終的には太公望では決断しきれなかった十二仙による特攻を決めて実行している。王天君が言った「善悪を考えなければ有効な方法」を普賢真人は実行出来たのだ。

普賢真人の出番が仙界大戦のみなので、それ以外の殷郊や紂王との戦いで普賢真人がどのような行動をとったのかは想像するしかないが、太公望では決断しきれない部分を普賢真人は決める事が出来たと思われる。王天君ほど徹底してはいないが、普賢真人も太公望をサポートして影で封神計画を進める存在だった可能性は高い。

 

王天君によると「太公望は王天君の心の光を映す鏡」で「王天君は太公望の心の闇を映す鏡」との事。闇に生き続けた王天君は疲れて光を求めるようになった。しかし、太公望は闇を受け入れる事に対して「嫌だ」と拒絶を示す。

思えば今までの太公望は「闇」が無かったからか、あと一歩踏み出しきれない部分があった。殷郊と殷洪が自分の敵になると感じてはいてもそれを放っておく事が出来ず、十二仙を使わなければ聞仲は倒せないと分かっていながら最後までその指示を出す事は出来なかった。武成王の息子・天化の思いを知るも説得してそれを思い留まらせようとする等、身内の犠牲をなるべく出さないよう動いた。しかし、その結果、殷郊は殷の太子としての責任を果たすべく行動を起こして多くの犠牲が出て、普賢真人が太公望の代わりに十二仙に特攻の指示を出す事になり、天化は太公望の説得を無視して紂王を討ちに行ってしまった。太公望が「闇」を持たぬ故に決断できなかった事がかえって悲劇を大きくする事となった。

後の話で太公望は王天君と融合して「闇」を受け入れる事となった。そして「闇」を持った伏羲は自分の身内である女媧を倒す事を決める。

 

元始天尊の事を「基本的に自己中心的な人」と評する申公豹。

元始天尊は女媧と同じように歴史を裏から操る聞仲を批判したが、申公豹も女媧と同じように自己中心的で周りの人々を駒として動かす元始天尊の事を批判しているように見える。

 

王天君によると素性の知られていない哪吒か雷震子が自分の半身かもしれないと考えた時期があったらしい。そう言えば二人は少年漫画の主人公っぽい設定を持っている。特に雷震子は「周の王家」「熱血漢」「正義の味方に憧れる」「人望に溢れている」と普通だったら彼こそが『封神演義』の主人公になってもおかしくない設定だったりする。

 

燃燈道人の気合いにさすがの妲己も呆気にとられる。

全編通して常に余裕を見せていた妲己だっただけに、この場面は読んでいる自分も驚いた。