shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』のレビューもあります。

「歴史の道標十五 -最初の人-」 『封神演義』第189回

「歴史の道標十五 -最初の人-」

封神演義』第189回

 

この話の1ページ目から3ページまでの女媧が最下層から燃燈道人達のいる場所まで上がってくる場面が個人的に好き。特に2ページ目の「グオ」の場面はアニメで見たい場面だ。

 

初めて目にする女媧の姿を見てさすがの燃燈道人も息を呑む。

因みにこの場面で燃燈道人が右手で竜吉公主を守っているのが細かい。さすがはシスコン。

 

妲己三姉妹の前に登場した時の女媧は髪はボサボサで服もみすぼらしくて『リング』の貞子のような姿であったが、今回の話で燃燈道人達の前に現れた時は十二単のような豪華絢爛な姿になっていた。初めて自力で蓬莱島に来た燃燈道人達を歓迎する為に気合いを入れておめかしをしたのだと考えたらなんか可愛い。

 

女媧の目的が「故郷の星の再現」だと明かされる。

女媧曰く「ほんのささいなミスで消滅した故郷」を復元する為に地球を故郷の星と全く同じにして「あの時、あのミスをおかさなかったなら故郷の未来はどうなっていたか」を見ようとしているとの事。

基本的に女媧は自分の故郷の星を肯定している。消滅してしまったのはあくまで「たった一度のミスのせい」と考えている。だから、そのミスさえ無かったら故郷の星はその後も繁栄を続けていたのではないかと考えて今回の行動に至っている。

しかし、他の最初の人達は違っていて、彼らは「自分達の故郷はその進化した文明故に自滅した」と考えている。だから、同じ歴史を辿ったら結局はまた自滅への道を進んでしまう事になるとして女媧の考えに反対した。

 

女媧は燃燈道人達を見て最初は「わらわにとって、そちらは愛おしゅうてしょうがないのじゃ。そちらには、われらの同胞の血が色濃く出ておるゆえのう」と笑顔で歓迎していたのに最後には「不愉快なやつらだ!!! あの四人を思い出させる!!!」と怒りをあらわにしている。「仲間達に会いたいと言う寂しさ」と「自分と争った仲間達に対する憎しみ」。この相反する二つの感情を女媧は抱き続けている。

 

女媧の「故郷の星の完全なコピーを作る為に何度もやり直しをする」だが、実は自分は女媧の気持ちが分かる。と言うか、一度だけ似たような事をやった事がある。

随分と昔の話だが、ファミコンで『ドラゴンクエストⅢ』が発売された時に一度だけ完全なストーリーや演出を考えてそれを実現すべくプレイした事がある。戦闘において一度も死なない事はもちろん、道路の歩く位置から町の人に話しかける順番まで事細かに決めた。で、ちょっとでも失敗するとリセットしてまた最初からやり直しをした。正直言って、かなり大変だったので、ここまでしたのはこの一度限りなのだが、やり遂げた時の達成感はかなりのものであった。

この『封神演義』での「僕たちのこの歴史は何度目なんだ!? 歴史は何度繰り返した!!?」と言う楊戩の問いを読んで自分の中に「ギクッ!」としたものがあったが、あの時のちょっと失敗しただけでリセットされていったゲームのキャラ達も「僕達を消してまたやり直すのか!?」と訴えていたのかもしれない。そしてその時の自分は「重要なのは完全か不完全か」と答えていたのかなと…。藤崎竜さんもゲームが好きなようなので、ひょっとしたら自分と同じように「ゲームで完全なストーリーを実現する為に何度もリセットを繰り返した」経験があるのかもしれない。