shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』と柴田亜美さんの『南国少年パプワくん』のレビューもあります。

「歴史の道標十八 -女媧・大爆笑-」 『封神演義』第192回

「歴史の道標十八 -女媧・大爆笑-」

封神演義』第192回

 

前回まで十二単のような格好だった女媧だが今回から20世紀に作られたような衣装に変わる。この後さらに近未来舞台のSF作品を思わせるデザインになる等、女媧の変化を通して過去から未来への時の流れを一気に見せている。

 

女媧を蓬莱島の地表へ誘き出しに向かった太公望だったが、燃燈道人がうっかり太極図を渡し忘れてしまった為に大ピンチに。これ、下手をすれば燃燈道人と太公望のうっかりで2000年に及ぶ計画がパァになるところだった…。

 

仙人界が落とされてから汚れた大気に体が蝕まれていた竜吉公主はここに来て遂にダウン。そこで燃燈道人が盤古幡を、太極図は太公望が使う事になり、四不象と武吉が太極図を太公望に届けに行き、燃燈道人は竜吉公主を崑崙山へと連れて行く事になる。

待て待て待て! 宝貝を使えない四不象と武吉にスーパー宝貝・太極図を渡すのか!? しかも行き先には女媧がいると言うのに!? どう考えても四不象と武吉が竜吉公主を崑崙山に連れて行って、燃燈道人が太極図を太公望に届けに行くべきだろ!? まぁ、シスコンだしな…。

 

魂のニオイがするので太公望の位置が分かると言う武吉。

「魂のニオイ」ってさりげに凄い事を言っているぞ…。

 

始祖の一人である伏羲だが、太上老君の所で元始天尊と燃燈道人と面会した時は「王奕」と名乗っている。外見も地球人の子供になっているので、ひょっとしたら、宇宙人としての肉体を捨てて地球人として生きていく際に名乗った名前が「王奕」なのかもしれない。もしそうなら、彼が自分の事を「伏羲」ではなく「王奕」と名乗り続けるのは「自分は地球側の存在である」と言う宣言なのかもしれない。

「伏羲」が宇宙人としての名前で「王奕」が地球人としての名前だったとする場合、女媧が「伏羲」と呼び、燃燈道人が「王奕」と呼ぶ理由も分かる。因みに元始天尊は「導なき道へ…㊤」では「伏羲…いや太公望よ!!!」と呼び、「あとしまつ㊤」では「太公望」と言っている。

 

女媧が弱まり地球が強くなるまで世界の破滅を黙認してきた王奕。それは「結果として女媧を倒せれば良い」と言う考えで、燃燈道人に「それは正義と言えるのか」と問われている。面白いのがこれから2000年後に燃燈道人と太公望が会った時に「結果として女媧を倒せれば良い」と言った燃燈道人に対して太公望が「過程を経ずして結果は出ぬ。結果だけを論ずるのはアホのする事」と指摘している。分裂やら何やらあったとは言え、2000年の時を経て燃燈道人と王奕(太公望)の考え方がそっくり入れ替わっている。

 

太上老君の所で元始天尊と燃燈道人と面会した王奕は終始醒めた感じで人の心を持っていないように見える。しかし、彼は女媧の身勝手を食い止める為に長年地球に留まり続けているので冷血漢とは言えない人物であろう。冷血漢に見えるのはこの頃の王奕は人間のような感情表現を使う事が出来なかったからと考えられる。なにせ彼は他の星から来た宇宙人なのだ。

この辺りはウルトラシリーズを見ていると分かるところがあるかなと思う。たとえば『ウルトラマンメビウス』に登場するウルトラマンメビウスバンヒロトと言う地球の若者の死を目撃した後、その姿形をコピーしてバンヒロト父親の所に行くのだが拒絶されてしまう。メビウスとしてはバンヒロト父親の事を想っての行動だったのだが、この時のメビウスには「死んだ息子と瓜二つの存在が親の前に現れる」となった時の地球人の感情を理解できなかったのだ。それと同じで王奕も悪気は無かったのだが地球人の感情をまだ理解できずにいて、それが冷血漢のように見えてしまったのかもしれない。

 

面会を終えた王奕は女媧から自分の正体を隠す為に元始天尊の弟子になる。後の王奕はこの事を全て忘れていたので自分の記憶を消去した可能性がある。(ひょっとしたら、この時の記憶消去やら体が少し幼くなった事やらが後に金鰲島から崑崙山に預けられた楊戩が過去の記憶を失い体も赤子になっていた事に繋がっているのかもしれない)

これを見て思い出したのが『デビルマン』のサタンこと飛鳥了。ネタバレを話すが、人類の敵・デーモン族の首領であるサタンは人類を調査する為に自分の記憶を消して飛鳥了と言う人間としての生活を送る。そして人間・飛鳥了が「デーモン族がこういう方法で襲ってきたら人類は滅ぼされてしまうかもしれない」と感じた恐怖をデーモン族は受信して実行に移していく。

飛鳥了は主人公デビルマンの親友だったのだが、主人公側の人間が実は全ての始まりだったと言うどんでん返しが衝撃的だった。この衝撃は太公望の正体が実は伏羲だったに通じるものがある。ただし、飛鳥了・サタンは人類の敵で、太公望・伏羲は人類の味方と言う大きな違いがあるが。

 

この回の王奕の話に「かつて我々が作った七つの宝貝」と言う発言があるが、この「我々」と言うのは伏羲や女媧の事なのか、それとも伏羲や女媧の種族の事なのか?

申公豹によると地球で起こった仙界大戦はかつて伏羲や女媧の星でも起きていたとなっている。つまり、伏羲や女媧の星でも大昔に「宝貝を使った仙界大戦が起きていた」と言う事になる。地球では仙界大戦と殷周易姓革命が終わった後に仙人達は人間界から身を引いて宝貝も一緒に引き上げられたと思われるが、地球と同じような歴史を辿ったはずの伏羲や女媧の星ではどうして宝貝が残っていたのだろうか?

考えられるとしたら、まず一つ目は大昔に仙人達が使っていた宝貝を伏羲や女媧が再び作り、それが故郷の星を滅亡させる原因となった。二つ目は伏羲や女媧の星では仙界大戦と殷周易姓革命が終わった後も仙人達は人間界から身を引いておらず、そのまま人間と共に過ごしていき、そうして残された宝貝を後に伏羲や女媧が使う事になった。

一つ目の伏羲や女媧の星でも殷周易姓革命の後に仙人達が人間界からいなくなった場合だが、これだと女媧はいずれ地球でも仙人達を滅ぼそうとしていた可能性が出てくる。ここからは推測だが、封神計画や封神台は女媧の計画には無かったので、おそらく伏羲や女媧の星にも無かったと考えられる。つまり、伏羲独自の考えとなる。封神台が無かった場合、仙界大戦での犠牲者やその後の女媧によって滅ぼされる仙人達はそのまま死んで終わってしまうのだが、封神台があるおかげで今回の戦いの犠牲者達は魂だけの存在ではあるが助かる事となった。つまり、伏羲は滅びる予定だった仙人達を助ける為に封神台を作ったと言う事になる。

二つ目の伏羲や女媧の星では殷周易姓革命の後も仙人達は人間界からいなくなっていない場合について。女媧は「人間界から仙人達を排除する」と言う指示を出した事が無く、それを口にしたのは太公望妲己であった。もし、このまま人間界に仙人達が留まり続けた場合どうなっていたかを考えると、宝貝には個人で核融合を起こせるほど強力な兵器が数多くあるので、おそらく人間だけの歴史に比べて人間と仙人が共にいる歴史では兵器の強力化がより早く進む恐れがある。(第165回の回想シーンに出てきた伏羲や女媧の星の建物には陰陽のマークが付けられていて仙人の存在を匂わせている) この兵器の強力化によって伏羲や女媧の星が滅んだとした場合、伏羲は地球の未来の為には人間界から仙人を外さなくてはいけないと考え、神界と言うシステムを作って人間と仙人を分けたと考えられる。