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shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』のレビューも始めました。

「歴史の道標十九 -だまし合い応酬-」 『封神演義』第193回

封神演義(藤崎竜)

「歴史の道標十九 -だまし合い応酬-」

封神演義』第193回

 

遂に始まった女媧と伏羲の戦い。

女媧によると伏羲は空間使いとの事。女媧の山河社稷図も亜空間に閉じ込める能力なので、始祖は空間を扱う能力を持っていると考えられるが、おそらく伏羲は始祖の中でも空間を扱う能力に秀でているのだろう。かつて始祖四人で女媧を異空間に封印しているが、伏羲が中心となって封印したのかもしれない。

 

空間使いと言えば金鰲島の十天君を思い出す。(伏羲が使う空間宝貝の名前は十絶陣と同じく「○○陣」) 通天教主のスーパー宝貝・六魂幡も包み込んだ相手を魂魄すら消し去るものでこれも一種の空間宝貝と言えるし、始祖達の能力は崑崙山より金鰲島の方に強く受け継がれているようだ。

 

女媧が使う確率歪曲宝貝・四宝剣は雷公鞭をしのぐ出力を持ち何度も世界を滅ぼしたと言う恐ろしい宝貝。七つのスーパー宝貝に含まれていなかったのは四宝剣が女媧の所有物だったからであろう。女媧が四宝剣、伏羲が太極図を使用していたとして、残る六つのスーパー宝貝は残りの始祖3人が使用していたのだろうか? それとも女媧や伏羲も二つ以上のスーパー宝貝を使用していたのだろうか? それとも始祖5人以外にもスーパー宝貝を使える人物がいたのだが地球に降り立った頃には命を落としていたのだろうか?

 

「四宝剣で蓬莱島を破壊しても良いのか?」「仮に蓬莱島が破壊されて女媧も地球の仙道も消える事になっても自分だけは空間移動で逃げるぞ」と脅しをかける伏羲。

ここで自分の仲間を切り捨てられる策を出すのがかつて十天君を切り捨てた王天君を思わせる。その一方で実際は仲間を切り捨てる気が無かったと言うのは太公望を思わせる。

太公望と王天君が合体して王奕が誕生した事で「太公望はこれまでより冷酷になれるようになった」と言えるがその一方で「王天君はこれまでより優しくなれるようになった」とも言える。顔が太公望なのでどうしても王奕の言動を太公望と重ねて見てしまうが、実は王奕の言動を王天君と重ねて見る事も出来るのだ。その場合「太公望と合体後の王天君は仲間を犠牲にする事が無くなった」と見る事が出来る。

王奕の言動を太公望ではなくて王天君として見ると、後の第197回で妲己が地球と融合して消滅した場面での王奕の「待て妲己…!!! まだ消えてはなら……」は母を求める王天君の気持ちが入っていたとも考えられる。(まぁ、もっとも、この時の妲己は王奕に向かって「太公望ちゃん」と言っているんだけどね。息子の王天君にも声をかけてほしかったなぁ)

 

伏羲の策にハマった女媧は「お得意の口車で…」と言っている。どうやら伏羲も太公望と同じく口車を使う人物だったようだ。太公望と王天君が合体して誕生した王奕(伏羲)だが、その性格は以前の太公望と王天君のままで、そこに伏羲らしさは感じなかったが、ひょっとしたら伏羲と太公望は似た性格だったのかもしれない。太公望(呂望)は幼少時に一度死んだ後に王奕の魂魄を得て生き返っているので、ひょっとしたらその伏羲の魂魄が後の呂望の性格に影響を及ぼしたのかもしれない。つまり「魂魄の影響で太公望は伏羲に似た性格へと育った」と言える。