shoryu20の忍たま日記

『忍たま乱太郎』について色々と書いていくブログです。藤崎竜さんの『封神演義』と柴田亜美さんの『南国少年パプワくん』のレビューもあります。

「楊戩」 『覇穹 封神演義』第3話

「楊戩」

『覇穹 封神演義』第3話

2018年1月26日放送

 

藤崎竜さんの原作は全て読んでいると言う前提で感想を書きます。

 

待てっ!

『覇穹』だと太公望妲己の「スープーちゃん」呼びをどこで聞いたんだ?

原作を再構成するのは良いんだけど、ちゃんと全体の整合を図ってほしい。たとえば今回の話だと太公望と四不象はニセ妲己に対して最初から違和感を覚えていたので「スープーちゃん」のエピは外しても良かったと思う。

シリーズ構成の人、ちゃんと仕事をして…。

 

やはり『覇穹』の序盤は主要人物の回想になっているのかな。

 

漫画に無くてアニメにあるものとして「声」が挙げられる。

今回の話だと紂王は浪川大輔さんが子供っぽい演技をしているので色々とやらかしても物事を知らない子供として許されそうな雰囲気を出している。(『覇穹』には太子二人が出ていないが、ひょっとしたら、紂王に「責任のある大人」のイメージを付けない為に太子二人の存在はカットされたのかもしれない)

賈氏も短い時間ながら毅然とした人物である事が声で表現されていた。

 

紂王と賈氏の場面だが、妲己が誘惑の術で紂王を動かしたようにも見える。浪川さんが実年齢より子供っぽい演技をしているのも含め、『覇穹』は「紂王も被害者であった」と言う描き方になるのかもしれない。

 

今回、原作と『覇穹』の最大の変更点は「楊戩の正体についての言及がある」であろう。

原作の場合、読者も太公望も最初は楊戩の事を「崑崙の天才道士」と見ていて、それが仙界大戦に入ったところで楊戩の正体が「金鰲出身の妖怪であった」と知らされる。

読者と太公望は仙界大戦までは同じ目線で楊戦を見ていて、楊戩について分かっている事も同じであった。たとえば、楊任との戦いでは「相手の脳を見る」と言う楊任の宝貝の能力を考えると楊戩の正体に関する何かを読者だけが知る可能性があった(楊任の変身を太公望は見る事は出来ないが読者は見る事が出来るので、読者と太公望の間で楊戩に関する情報に差が出る可能性があった)。しかし、実際にはそうは描かれなかった。

『覇穹』の場合は逆で、最初に楊戩の正体について描かれ、それを視聴者は見るのだが太公望は見ていないとなっている。つまり、原作と違って、視聴者と太公望は楊戩について分かっている事が最初から違っているとなる。その結果、視聴者と太公望は同じ目線で楊戦を見る事は出来なくなった。

では、『覇穹』では視聴者はどの立場にいる事になるのか。太公望がまだ知らない楊戩の正体を知ってしまった以上、太公望と同じ位置には立てない。視聴者は「楊戩の正体を知る存在」として楊戩と玉鼎真人と同じ位置に立つ事となる。

分かりやすく言えば、原作の読者は太公望と同じで「楊戩が妖怪とは知らなかった!?」と言う立場で、『覇穹』の視聴者は楊戩や玉鼎真人と同じで「楊戩の正体が皆に知られたらどうなってしまうんだろう?」と言う立場になる。大筋は同じなのに情報を出すタイミングを変える事で読者(視聴者)の立場を太公望寄りから楊戩寄りに変えると言うのは面白いなと思う。

 

今回の話は、楊戩は心を許せる相手を欲していて、ひょっとしたら太公望がそうなるかもと希望を抱き、一方の聞仲は心許せる相手だった黄飛虎を失って絶望すると言う構図になっていた。

 

*少し経って感想追加。

 

そう言えば、楊戩が太公望と初めて顔を合わせたのは封神計画が始まってしばらくしてからだけど、元始天尊の一番弟子で封神計画の実行者と言う事で太公望の存在を楊戩は以前から知っていたんだよね。その時に師匠の玉鼎真人に「太公望とはどんな人物なのか?」と尋ねた事はあったのかな。おそらくだけど玉鼎真人は太公望の事を高く評価している。白鶴童子が「皆が太公望より楊戩の方が優れていると思っている」と言うのを楊戩が止めてテストを提案したのは「皆は太公望の事をアホ道士と言っているけれど、師匠の玉鼎真人はそれは違うと言っていたから」なのかもしれない。

「楊戩自らテストをする」とは「楊戩自ら太公望と言う人物について考える」と言う事。ひょっとしたら、通天教主や元始天尊や玉鼎真人と言った「自分のルーツに関わる人物」とは違う人物について楊戩が考えるのは実は太公望が初めてだった可能性がある。

玉鼎真人は「最初から楊戩のルーツを知っていた」で楊戩を愛していた。楊戩は「自分のルーツを知らない人」に対しては変化の術と嘘で偽りの人間関係を作って対処するんだけど、おそらく「自分のルーツを知らない人」でも自分を愛してくれるのかどうか気にしていたのかもしれない。

楊戩にとって太公望は「師匠の玉鼎真人が高く評価している人物」で「自分のルーツを知らない人」となっていて、楊戩は太公望を最初の一歩として「妖怪と言う自分のルーツを隠し続ける」と言う今の生き方を変えようとしているのかな。少なくとも『覇穹 封神演義』の方の楊戩はそう見えた。